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2008年4月24日 (木)

樽屋町 炎上 【その後】

 飯塚の中心街を焼いた火災は、樽屋町を中心とする一角をほぼ焼き尽くした。そのハナシについては、昨日の記事で筆を擱いたつもりだったが、再興への思いを込めて、もう一つ記事をエントリーしたい。
 一昨日、昨日と、今回の火事の火元と原因について、真偽のほどはともかく、二、三不穏な噂を耳にしたので心配していたのだが、今日の朝刊に、火元特定の記事が載っていた。

空き店舗出火元と特定 飯塚商店街火事

 福岡県飯塚市の本町商店街で21日、8棟を全焼し2棟の一部を焼いた火事で、県警飯塚署は23日、「樽屋町」と呼ばれる一帯にある空き店舗が出火元と特定した。
 発表によると、22~23日に行った実況見分の結果、樽屋町の全焼した木造2階建て1棟の焼損が著しかった。この建物では1件の居酒屋が営業し、他の10軒は空き店舗だった。この空き店舗のうち並びの2軒の燃え方が最も激しかったという。このあたりから出火したとの目撃情報も複数寄せられており、同署は2軒のいずれかから出火したと判断した。
 2軒とも数年前までは飲食店だったが、廃業後は1階の表のシャッターに鍵がかかり、人の出入りはなかった。実況見分で、2軒の付近から油類は検出されておらず、同署幹部は出火原因について「漏電の可能性もある」としている。

<引用元:2008年4月24日朝刊 読売新聞

 ひとまず不審火でなかったのでホッとしたが、焼失したのは建物だけではなく、様々な人々の思いの拠り所も失われた。夕方のローカルニュースでは、立入規制が解除された焼け跡で、片付け作業を始めた被災者の方々の姿が報じられていた。

「飯塚市の大火 繰り返すな」

火事の後片付けに追われる小倉光志さん。
本町商店街で、40年間続くバー「仔馬」で、3年前から店長を務めていました。
しかし、今回の火事で店舗は全焼してしまいました。
片付けをしていると、常連客の一人がやってきました。
焼け落ちた店の中で小倉さんは、バーテンダーとしてのある思い出の品を探します。
カクテルに添えるフルーツを切る時などに使っていたペティナイフが見つからないのです。
10年以上、愛用していた大切なものです。
今回の火事のあと、多くの常連客から、励ましの電話がかかってきたといいます。
常連客らからの声に励まされ、再び、この場所での再開を目指しています。

<引用元:
04/24 19:23(動画あり) RKB LOCAL NEWS

 かろうじて焼け残った思い出の品々と、常連さんや友人達に支えられて、復興への歩みが始まったようだ。
 
 飯塚での飲みゴトというと、吉原町界隈を連想するが、昭和通りに新しいスタイルの居酒屋が次々に開業したコトもあって、最近は樽屋町や恵比寿通りにも関心が向いていた(恵比寿通りの何軒かには、足を運んだコトがある)。その最中の火事だった。この一角には、長い歴史に彩られた店も少なくなかったらしい。

客は炭鉱マン・麻生太郎・藤圭子
筑豊随一のクラブ全焼

 福岡県飯塚市本町の商店街火災で、筑豊に残る最古参クラブ「銀座」が焼け落ちた。昭和初期に開業し、ヤマ全盛期は炭鉱マンが豪遊し、政治家がグラスを傾け、下積み時代の有名歌手が舞台でマイクを握った。時代が変わり、店じまいが相次いでも、常連客の愛顧を受け、代表の藤田尚徳さん(71)とママのミヨ子さん(74)の夫妻が二人三脚で守ってきた。その店の灯が、消えるかもしれない。

(中略)

同県福智町出身の田中六助・自民元幹事長(故人)は60人で同窓会を開いた。若い頃の麻生太郎・自民前幹事長も仲間とビールをあおった。「政治家は飲み方がきれいね」と尚徳さん。売れ始めの菅原文太さんや仲代達矢さんも来店。デビュー間もない歌手の藤圭子さんが来た時は、夫妻でレコードを売り歩き、宣伝に一役買った。

(中略)

 4月21日も普段通りに営業するはずだった。「火事です」。午後3時半ごろ、知人が自宅に駆け込んできた。尚徳さんは急いで店に向かったが、狭い路地は煙がもうもうと立ちこめて近づけず、店の最期を見ることはできなかった。ただ、立ちつくした。頭が真っ白になった。

 被災後、「頑張って」と励ましの言葉が続々と届く。ミヨ子さんは「お客さんに申し訳なくって」と言う。これからのことは何も決めていない。「再建はあきらめざるを得ないのかもしれないな」。尚徳さんは複雑な気持ちだ。

<引用元:2008年04月24日12時26分 asahi.com

 ワタシはこの界隈の“昭和”を感じさせる佇まいが好きだったのだが、そこには、今も歴史が積み重ねられていた。しかしそれも、炎によって失われてしまった。
 
 やがて建て直されるであろう商店街には、再開出来る店、出来ない店、それぞれあるだろうが、再びそこに集う人々によって、新たに歴史が重ねられていく日が来ることを心から願っている。

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